2007.9.1
日記のタイトルのようにDVDで「それでもボクはやっていない」を観ました。 痴漢冤罪事件をテーマにし、非常に細かいディテールで表現された映画です。
痴漢冤罪という、明日はわが身の日常に密接したテーマで、日本の裁判制度の問題を取り上げています。実際にあったことを題材にしており、取調べの様子・拘留中の様子、裁判の様子までほぼそのままの描写だそうです。
世の中の全ての男性に必見の映画です。
とあるフリーターが電車で痴漢と勘違いされ逮捕されてから、裁判が終了するまでを描いていますが、理不尽極まりない。
あっさり痴漢を認めた人間(こっちは本当に痴漢していたのだが・・)が、数時間であっというまに釈放され、本当にやってない人間は数ヶ月も拘留され、多大な時間と精神力と費用を費やしていく。
警察の取調べも「罪ありき」で取り調べ、公平さもなければ、ほとんど脅し。 人質手法という拘留を長引かせ、精神的に落としていって自白させる手法なんてほとんど、落とすための拷問です。
最初に接見した弁護士ですら、「やったと認めた方が得」と説得する始末。 それからは、裁判を中心にした描写が始まるわけだが、痴漢事件は証拠がない事件。
いかに裁判官に無罪であるかを思わせることが重要だが、有罪率99.9%は伊達じゃない。 裁判官は公平・・・と思いがちだが、そうじゃない。 被告人を無罪にするのは、被告人とその関係者にしかメリットがない。 一方、無罪になったとき、警察と検察の面子は丸つぶれ。 しかも無罪というのは警察と検察の意見を否定するのだから、つまりそれは国家権力を否定したことになる。 裁判所も官僚なので自分達と同じ類を否定しなければならない。
更に悪いことに、一人の裁判官は多くの事件を抱えており、処理スピードで評定が決まるそうだ。
無罪となると、時間もかかるし、国家権力も否定しないといけない。評定にも影響しかねない。 だから、多大な勇気と能力が必要になる。
だから裁判官も安易に無罪にできない・・・・
これって間違ってるんじゃないだろか? 警察や検察の面子ってなんだろう?そんなくだらないことで一人の人生狂わしてもいいのだろうか? 評定ってなんだろ?自分たちの出世のために一人の人生狂わしてもいいのだろか?
観てるとどんどん怒りが沸いてくる。 被害者も証言者も記憶があいまいで自分に都合のいいことしか言わない。 おまけに、警察に口止めされる人間までいるはめに・・・・
曖昧きわまりない。 しかもやってないのに、有罪っておかしくない? 裁判所は真実を判断する場所ではなく、罪を問われた人間の「とりあえず」の白黒をつけるところ。
人が人を裁くということの限界と日本の裁判制度と警察・検察の対応の問題を考えさせられます。 警察と検察は被告人を「お前」呼ばわり。
お前呼ばわりする必要はないでしょ?? 拘留中も警官達は偉そうで命令口調。 「別にあんたの奴隷じゃないんだからそんな口調は間違いじゃないの?」真っ向から人権を否定した対応。しかも、さも自分が偉いかのような勘違い。
・・・話せば尽きません。それほど問題意識を書き立て、怒りと哀しみが出てくる映画です。
このような社会問題を真摯に描写した映画はどんどん作ってもらいたいです。 現在、邦画はたくさん出ていますが、このような映画に制作予算をもっと割いて欲しいですね。 娯楽ばかりでなく。
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